NGN に関するITU-T勧告であるNGNリリース1が制定され、さらに世界に先駆けて、NTTで2006年12月から本格的なNGNのフィールド・トライアル(実証実験)が開始されるなど、NGNは大きな注目を集めている。そこで、NGNの標準化とその技術的チャレンジについて、東京大学大学院工学系研究科 電子工学専攻教授 森川博之先生と、NTTサービスインテグレーション基盤研究所 主席研究員 村上龍郎氏に、NGNの現状と標準化動向、そしてどのような課題があるのかについて対談していただいた。
NGNの見方とNGNリリース1に関する3つの意義
-NGN(Next Generation Network)という次世代ネットワークが大きな注目を集めていますが、どのようにとらえられていますか
森川 NGN には、いろいろな見方があると思いますが、インターネットと何が違うのかというと、インターネットよりも安全・安心なIPベースのネットワークではないかと思います。両者の技術的な違いは、NGNの通信事業者(キャリア)が、その利用者が本人かどうかなどを確認する「認証」をしっかりと責任をもって行い、ユーザーに安心なサービスを提供するところと思っています。インターネット対NGNというような対峙した見方もありますが、そうではなくて、インターネットにそのような機能を追加したものがNGNだと思います。
-では、村上さんはどんな感じでとらえていますか
村上 私はキャリアに所属しているので、NGNが今日のように有名になる前から、ずっとNGNに取り組んできました。キャリア側から見ますと、私たちのビジネスの一面が設備産業ですから、設備面から見ますと、NGNはネットワークの新しいアーキテクチャだと思います。その中身は何かというと、統合ネットワークのアーキテクチャであるということです。これまでキャリアはいろいろなネットワーク(例:電話網、データ網、移動網など)を提供してきましたが、NGNは、それらをIP(インターネット・プロトコル)をベースにして統合したネットワークのアーキテクチャであること、これが一番大きなポイントかなと思っています。
-そういう背景の中で、昨年(2006年7月~10月)、ITU-TでNGNリリース1という勧告(標準)ができたわけですけが、これは業界にどのような影響を与えているのでしょうか
森川 NGN リリース1は、電話のエミュレーションやシミュレーション(従来の電話サービスと同様なサービス)が当面のメインのサービスとなっていますので、サービスとしては、面白みに欠けると思っています(NGNでは、正式には「PSTN/ISDNエミュレーション」「PSTN/ISDNシミュレーション」という)。ただ、NGNのリリース1をみますと、NGNアーキテクチャの基本になっている、トランスポート・ストラタムとサービス・ストラタムという大きな考え方が出てきていることに注目しています。
トランスポート・ストラタムというのは、NGNの中で主にIPパケットを転送する部分で、サービス・ストラタムというのは、例えば提供するIP電話サービスやオンデマンド型VPNサービスなどを制御する部分です。このことは、キャリア側から見ると、NGN上で提供するビジネスが、プラットフォーム的なビジネスを指向しつつあるというのが、実は大きなインパクトになっているのではないかと思っています。
-プラットフォームがインパクトになりつつあるというのは、どういうことでしょうか
森川 これまではキャリアでないとできなかったサービスを、周辺機器やソフトウェアを作っているサード・パーティまでが、キャリアのNGNの機能(通信設備:プラットフォーム)を使って、新しいサービスが提供できるようになるということです。例えば、プリンター・メーカーとかカメラ・メーカーなどのように、今までキャリアのネットワークを使用して、しかもそれをコントロールしてサービスを提供するというようなことを、考えてもいなかったような業界が、ネットワーク・ビジネスに参入できるようになるということです。これはNGNの非常に大きなインパクトだと思います。
-村上さん、NGNリリース1についてどのようにとらえていますか
村上 標準化という観点から言いますと、基本的にはまだNGNリリース1は全部完成してはいないのです。しかし、リリース1の意義は、大きく3つぐらいあると思います。まず1つ目は、アーキテクチャ(ネットワークの基本構成)です。リリース1は、ネットワークのアーキテクチャをしっかりと確立しています。個々の技術的な要素についてはまだすべて確立していませんが、アーキテクチャからしっかり検討を加えたところが大きな意義をもっています。これは、今までやってきたネットワークを全面的に見直そうという、ある意味ではエボリューション(進化、革新)といも言えるものです。
2つ目は、これは中身の話ではありませんが、NGNという話は、1990年代の終わりぐらいからありましたが、ここ2~3年の間に、欧州も米国も、それからアジアも含めてみんなで取り組みを始めたことです。要するに、表1に示すように、世界中でグローバルにNGNの取り組みを開始していること、これが非常に意義あることなのです。
表1 世界主要キャリアのNGNの取り組み状況 表1 世界主要キャリアのNGNの取り組み状況(クリックで拡大)3つ目は、森川先生がおっしゃったように、IPベースであることです。先ほど、森川先生からサービス・ストラタムとか、トランスポート・ストラタムというお話がありましたが、NGNはIPベースのネットワークなのですが、インターネットのようにIPのサービスをそのまま提供するということではなく、今までのキャリアのネットワークのマルチメディアのサービスをIPを使って提供するという話なのです。この場合、NGNのサービス・ストラタムが重要な役割をしています。例えば、IMS(IP Multimedia Subsystem)は、サービス・ストラタムの重要な要素と言われていますが、この技術が一番注目されていると思っています。
IMSというのは、サービスそのものを全部提供するわけではありません。IMS自体は、セッション(接続)の制御を行う制御機能であり、これとは別にアプリケーション機能があります。先ほど森川先生がおっしゃったことに近いのですけど、NGNはアプリケーションまで含めて、何でもかんでもすべてキャリア側でやる、というアーキテクチャにはなっていないのです。しかし、サービス・ストラタムという言い方が、キャリア側で、すべてのサービスの提供までやってしまうような印象を与えているのかなと思います。
森川 そこが誤解を生むということですか。
村上 そうですね。サービス・ストラタムの「サービス」というのは、キャリア側から見るとネットワーク・サービスのことを言っているのですが、ネットワーク・サービスとアプリケーションのサービスとが混同されてしまうところがありますね。インターネットのよいところとして、いろいろなアプリケーションがインターネット上でオープンに提供できるという点があります。
NGNもインターネットと同じような機能をもっています。すなわち、NGNのアーキテクチャの中に、サービス・ストラタムが位置づけられて、これが、これまでいろいろなネットワークで提供されてきたネットワーク・サービスを統合して提供することができるというのが、大きな特徴なのです。しかし、それはアプリケーションも全部含めてというわけではなくて、森川先生がおっしゃったとおり、アプリケーションに対しては、いろいろな可能性(サードパーティの参入の可能性など)を残しているというのも、今回のNGNの標準化の特徴なのです。
ITU-T勧告:NGNリリース1の全体構成
-よくNGNリリース1といわれますが、リリース1にはどのような勧告があって、どんな骨格になっているのでしょうか。リリース2も計画されているようですが
村上 現段階(2007年2月)でのITU-TのNGNに直接関係する勧告の文書一覧を表2に示します。ここでは詳しく述べませんが、NGNリリース1につきましては、表2に示すように、2006年12月までに、NGNアーキテクチャを中心に13個の勧告文書が制定され、一部プロトコルも含めたそのほか7個の文書が既に完成しており制定手続きに入っております。
表2 NGNリリース1主要勧告文書一覧 表2 NGNリリース1主要勧告文書一覧(クリックで拡大)すなわち、ITU-TではNGNの全体の骨格であるアーキテクチャが決まったところなのです。そのうちのサービスについては、先ほど森川先生おっしゃられたように、リリース1では電話(IP電話)中心のサービス(NGNでは、前述のPSTN/ISDNのエミュレーション/シミュレーション・サービス)が最初に決まっています。現在、リリース2の議論も始まっていますが、リリース2の中には、映像・放送系のサービスであるIPTV(Internet Protocol Television)とか、ホーム・ネットワークなどの、新しいサービスが入ってくる予定です。
-先ほど森川先生から、NGNは電話系が中心であり、インターネットとそんなに違わないというお話もありましたが、例えば、村上さんがおっしゃったように、インターネットにはサービス・ストラタムのような機能はなかったわけですよね
森川 インターネットの場合は、NGNのサービス・ストラタムというようにキャリアがきちんとした形でサービスをしている訳ではありませんが、随時SIP (Session Initiation Protocol、セッション開始プロトコル)を搭載したIP電話サービスなどが実現されているなど、実質的にはサービス・ストラタムと同等な機能は用いられています。
-なるほど。必要に応じて開発されて、必要に応じて提供されているということですね
森川 その通りです。
村上 先ほど言いましたように、NGNはIPの技術をフルに活用しています。NGNにおける電話系サービスは、エミュレーションやシミュレーションと言う形でサービスを提供することになりますが、特にシミュレーションの場合の電話サービスではSIPを使っています。ここで、NGNアーキテクチャの標準化(プロトコルの標準化)というのは何をするのか、ということを説明しましょう。
NGNの標準化では、新しいプロトコルを1つずつ作っているわけではありません。例えば、SIPの場合ですと、インターネット技術の標準化組織であるIETFで標準化されているインターネット系のSIPプロトコルのどれを使用するか、複数事業者による相互接続の方法をどのように行うかなどを、きっちり決めてサービスを実現していくというのが、NGNのプロトコルの標準化の特徴なのです。すなわち、新しいもの(プロトコル)をつくり出すというよりは、今までインターネットなどで育んできた技術を、いかに新しいネットワークで使いこなすかというやり方が基本になっています。
NGNにおける相互接続の課題
森川 そのような観点からみますと、現在のインターネットの場合でも、各ベンダのSIPプロトコルは実装が少しずつ異なっていて相互接続ができないため、大きな問題となっていますね。
-なぜ、そのような違いが出てきてしまったのですか
村上 もともとインターネットの標準化組織のIETFでは、ネットワークが動作するための最小限のルールを決め、相互接続性を確保しようとしています。したがって、相互接続はできるのですが、新しいアプリケーションにも対応できるように、標準の中に各ベンダが設定できる自由度がある場合があるのです。その自由度があるために、各ベンダで統一できなくなってしまう(相互接続できなくなってしまう)ところがあります。
このように、新しいサービスを提供しようとすると、最小限のルール・プラス・アルファの機能が(私たちはプロファイリングと言っています)求められるようになり、何かルールを追加してつくっていかなくてはならなくなる場合が出てくるのです。このような背景もあるため、ある意味では、NGNというのはそういう新しいルールづくりをしている面もあります。これはIETF標準の中に、ある許容される幅があるため、必要に応じてケース・バイ・ケースでプロファイリングをしているということなのです。
-そうすると、今先生がおっしゃられたSIPの相互接続というのは、だれがどのように進めることになるのですか
対談風景森川 NGN の場合は、世界各国から集まって、ITU-Tでこうしましょうときちんと決め、相互接続試験を行っているのです。インターネットの場合は、それをアドホックに(適宜に)、これとこれをつなげるにはどうしたらよいか、ということをやり、相互接続できるようにしているわけです。
村上 ただIETFでは、現在でもインターネットの技術的な改良が継続的に進められています。例えば、インターネット上で新しくビデオ会議をやる場合にどのような仕掛け(技術)があるのかなどの標準化を決めるのは、やはりIETFです。また、IETFで決めたSIPプロトコルを実装した機器間の相互接続性を実装者(ベンダ)が確認するイベントとして「SIPit」があります。昨年(2006年)4月には、東京の・秋葉原で、第18回目のSIPitが開かれています。
キャリア・ネットワークであるNGNが、エンド・ツー・エンドでほんとうに国際接続できるように標準化するのはITU-Tが担当して決めますし、当然、事業者間でのNGNの相互接続という課題があります。日本でも、次世代IPネットワーク推進フォーラム(※4)が2005年12月に設立され、相互接続の課題について検討しています。
-そうすると、NGNのIMSのところで使用されるSIPについては、完全に相互接続が可能となるのですね
村上 少なくとも、今の段階では、NGNの基本的なサービスからプロファイリング(プロトコル仕様の規準)が実施されており、相互接続が可能になる準備が進められています。しかし、SIPを各機器に搭載(実装)する場合には、やはり、実装上のSIPプロトコルの解釈ミスがないかどうかも含めて、相互接続試験を通じて実装確認していく必要があると思います。このような相互接続試験もプロファイリングの一環です。





