奈良先端科学技術大学院大学、21世紀COEプログラム成果報告会レポート

奈良先端科学技術大学院大学、21世紀COEプログラム成果報告会レポート

~真のユビキタスネットワーク社会の実現を目指して

IPv6Style編集部
青山祐輔

 12月8日に秋葉原コンベンションホールにおいて、奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)の21世紀COEプログラムにもとずく「ユビキタス総合メディアコンピューティング」の成果報告会が行なわれた。

 21世紀COEプログラムとは、文部科学省が2002年から毎年実施している大学支援プログラムで、世界的な研究教育機関をとして国際競争力のある世界最高水準の大学づくりを推進するため、第三者によって研究計画を評価し補助金を決定するというもの。

 NAISTでは、平成14年度より「ユビキタス総合メディアコンピューティング」という拠点プログラムのもとに、視覚メディア事業、聴覚・融合メディア事業、言語メディア事業、行動メディア事業、ネットワーク事業という5つの研究事業を行なっている。

 その中から今回はネットワーク事業にフォーカスして成果報告の模様をレポートする。

本当の「ユビキタス」の研究開発ははじまったばかり 山口英教授

 情報科学研究科の山内英教授は「ユビキタスネットワーク技術の研究開発」をテーマに、真にユビキタスと言えるコンピューティング/ネットワーキング環境を実現するため、どのようなネットワークモデルと要素技術が必要なのかを研究している。


山口英教授

 山口教授は「単にワイヤレスで使えると言うだけであって、これが本当にユビキタスでしょうか」と問いかけ、インターネットが普及し次の目標として「ユビキタス」という言葉が氾濫しているものの、現時点ではユビキタスネットワークの実現にはほど遠く、研究開発がまだ不十分であるという。

「本当の意味での自由な移動性であったり、サービスの継続性であったり、あるいは本当の意味でアドホックなネットワークを作っていく。こういったことができないのが現状です」(山口氏)

 そして、ユビキタスネットワークを実現する上で生じる技術的課題は、3つの側面からなるとした。それが「モビリティ」「セキュリティ」「スケーラビリティ」だ。

 モビリティは、ノードの物理的移動に対してどれだけネットワークが追従していくかという問題だ。近年、ブロードバンドワイヤレスの実現を目前にして、モバイルIPなどノードの移動をカバーする技術に注目が集まっている。しかし、単に移動した先でもネットワーク接続が維持されるというだけでなく、移動した先で端末やアクセスラインが変化したとしても、同一のサービスを受け続けられるという意味でのモビリティは、まだ実現にはほど遠いという。

 移動した先々で周囲のコンテクストに応じて同じサービスを構成するセッション・モビリティと、デバイスではなくユーザーに対してサービスを紐付けるパーソナル・モビリティといった概念が、いままでのネットワークモビリティの研究には欠けているのだという。

「たとえば家の中で見ていたストリーミングを、家から出ようということで携帯電話で見て、オフィスについたらMacで見る」ということが簡単にできるようになって、本当の意味でのモビリティだと言える。

 2点目のセキュリティは、常に「人」がサービスを利用する主体である限り存在するリスクを、いかにしてアーキテクチャでカバーするかというものだ。人が利用する情報は、その状況に応じてコピーされる。

 たとえばメールを読むとき、PC上で読むだけでなく、ケータイに転送したり、外出先でPDAから読み出したりと、コンテクストに応じて異なるデバイスを利用し、そのデバイスの数だけコピーされることになる。コピーの数が増えれば、それだけ情報路上のリスクが高まることになる。この人というリスクを、いかにして合理的に押さえ込むかという、セキュリティの概念が必要なのだという。

 3番目はスケーラビリティ。現時点でネットワークに接続されているコンピュータは約10億台だという。この状況でインターネットはかろうじて維持されているが、これから家電の情報化が進み、ネットワークに接続されるようになり、10億台が1兆台になったとき支えきれるのかという問題がある。

 セッションの最後に山口教授は、一つのデモンストレーションを行なった。会場に置いた2台のPCにSkypeをインストールし、それぞれサンフランシスコとパリと接続した。山口教授はBlutoothに対応したヘッドセットを身につけ、一方のPCに近づいていくと自動的に接続して通話でき、もう一方のPCに近づいていくと離れた方からは切断し、近づいた方に接続し直して通話できる。


SkypeとBluetoothヘッドセットを組み合わせたセッションモビリティのデモ

 これはコンテクストに応じて、デバイスのモビリティと、サービスのモビリティを制御するというデモだ。しかし、これだけ単純なものであっても、技術的にはかなり難しいと山口教授はいう。このデモではセキュリティ部分の実装は最後まで上手くいかなかったのだという。

 ユビキタスネットワークをテーマにしたさまざまな開発や実験が、多くの組織で行なわれている。しかし、ユビキタスといいながらも、それらの多くはスタティックなネットワーク環境の中だけのものでしかなく、またセキュリティの実装を考慮していなかったり、大規模なネットワークでの運用が不可能だったりと、真のユビキタスとは言えないものも多い。

 人がネットワークに求めているのは「欲しいサービスの実現」だ。そのために必要な作業や、手続きから、ユーザーは解放されてこそ本当の意味でのユビキタスネットワークだ。そのためのコアテクノロジーの開発が、今ようやくはじまったばかりなのだ。

ユビキタス社会を支える実社会で耐えうる大規模情報システム~砂原秀樹教授

 情報研究科の砂原秀樹教授は「ユビキタスネットワーク基盤技術と大規模情報システム」の研究成果報告を行なった。

 砂原教授は、COEのプロジェクトを行なってきてもっとも面白かったのは「メディアとインターネットの出会い」だという。メディアは言い換えると「表現力」であり、インターネットは「表現力を伝える力」。この二つが結びついて「ヒトとヒトのコミュニケーションを作って」いき、そして社会のなかで厳しい評価を受けるような実証実験を行なえることが、面白い所以だと語った。


砂原秀樹教授

 実際の社会での使用に耐えうるようなシステムを作り上げることは、大変に難しく、一つの大学だけで出来ることではなく、企業や他の研究機関、地方自治体などと協力していくことが必要だという。

 そのようにして砂原教授が進めてきた実証実験の一つに「インターネット救急車」がある。これは救急医療におけるネットワーク活用という面と、自動車をインターネットに接続するために必要な要件の精査という面がある。


インターネット救急車のネットワーク構成図

 これは救急隊員が装備したヘッドマウントカメラの映像や、搬送中の患者の心電図などのバイタルサインをIPで送信し、救急病院に待機した医師が映像やバイタルサインを診て、救急隊員に処置を指示するというシステムだ。アクセスラインはWi-FiやPHS、3G携帯電話(EV-DO)を状況に応じて切り替えていく。

 従来は同様のことをするためには、それぞれの機器を携帯電話に接続してデータを送る必要があった。しかし、インターネット救急車では、データはすべてIPv6モバイルルータにアクセスラインを集約し、インターネット経由で送信するため、新たな装備の増設時にもネットワーク構成を気にする必要がなくなる。しかも、このシステムは実際に生駒市に置いて常時活動しているという。


インターネット救急車の内部。救命士がヘッドセットカメラを装備している

救命士のカメラが写した映像。心拍数、血圧などのバイタルサインも送られてくる

「ネットワークだけだと見せることが非常に難しいのは事実ですけど、こうやって実システムをつくることによってネットワークがどう生きてくるのか非常にわかりやすく説明できるようになる」(砂原氏)

 発表途中で実際にデモンストレーションも行なった。会場とNAISTをオンラインで結び、会場を救急病院に見立て、NAISTに設置したインターネット救急車から、ヘッドマウントカメラの映像やバイタルサインを会場からモニタするというものだ。

 この実験は、救急医療に対するソリューションとしての意味と、自動車という移動体の中でネットワークを構成し、それ自体が移動するモバイルネットワーク(NEMO)の基礎技術を開発するという意味がある。

 この実証実験に参加した医師に感想を聞くと、やはり患者の状態をリアルタイムで診られるという点に、非常に興味を示したそうだ。この取り組みが実用化し、実使用に耐えうるかどうかは、今後の実証実験によって明らかになっていくだろうが、少なくとも実社会から求められている技術ではあることは間違いないようだ。

 最後に砂原氏は、21世紀COEプログラムの成果を「メディアと基盤技術、競争しあっていいものを、鋭くとがったものを作っていくのも必要ですが、それと同時に協調して全体のシステムができあがっていく」ことにあったと述べた。

 研究室間の協力の一例として、RFIDと、画像解析を組み合わせたセンサーネットワークの研究がある。像情報処理学講座とインターネット・アーキテクチャ講座が共同で行なったもので、蔵書管理システムの形をとってデモンストレーションを行なった。

 RFIDによって人を認証したのち、カメラによって認証した人の行動をトレースし、RFIDを貼り付けた書籍が書架から持ち出されると、自動的に誰が何の本を持ち出したかが記録されるというものだ。

 RFIDによる正確な個人と物体の認証と、映像解析による柔軟さを組み合わせることで、片方だけでは難しいソリューションを実現している。

「メディアとインターネット、この二つのものが出会いながら、研究室間の協力が上手くできたというのが本質的なおもしろさだと思います」(砂原氏)


RFIDと画像認識技術を組み合わせた蔵書管理システム

左手奥が書架。ICカードで認証した個人を画像認識技術で追跡する

本にはRFIDが張り込まれており、書架のリーダーによって持ち出されたことを検知する

■NAIST 21世紀COEプログラム「ユビキタス統合メディアコンピューティング」成果報告会
http://isw3.naist.jp/21COE/symposium2006/index.html

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