社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター
IP事業部IPアドレス課 奥谷泉
割り当てポリシーの見直しはどのように進められていったのか?
アドレスポリシーの提案は、それが決定してから耳にする機会が多いため「いつの間にか、どこかでこう決まったらしい」という印象をお持ちの方もいらっしゃるだろう。しかし、実際にはどのポリシー提案も具体的な背景に基づいて行われており、それを支持する人がいるから施行されている。
前回は、IPv6ポリシーが2002年に施行されて以来、さらなる見直しに向けて様々な動きがあることをご紹介した。このうち、今後のIPv6ネットワークの運用やサービス設計にも影響を及ぼすことが予測される『IPv6割り当てポリシーの見直し』がどのように提案され、支持が得られたのかをお話ししていきたい。
その前に、ポリシー策定の仕組みを簡単にご紹介したいと思うが、すでにご存じの方は次の項は飛ばしていただいても構わない。
ポリシー策定の仕組み
IPアドレスポリシーは、JPNICやAPNICのようなインターネットレジストリにより定められているわけではなく、「ボトムアップ」「オープン」「透明性」の3つの考えのもと、IPアドレスの利用者が実運用にあわせて策定、見直しを進めていく仕組みとなっている。
APNICやJPNICの役割は、そのようにして策定されたポリシーをポリシー文書に反映し、実際のアドレス管理を業務上行ううえでポリシーで定義された方針に従うことだ。
そして、現状のポリシーに対して改善の必要性を感じる人ならば、誰であっても提案を行うことが可能であり、各RIR(地域インターネットレジストリ)は年に2回、提出された提案について参加者が議論を行うミーティングを開催している。日本の属するアジア太平洋地域では『APNICオープンポリシーミーティング』(※注2)がこれに該当する。
提案から施行までの流れとしては、ミーティング開催の数ヶ月前にRIRにより提案が公募され、事前にWebページやメーリングリスト等、オンラインで共有される。従って、この時点で提案について意見、または質問があればメーリングリストで表明することが可能だ。ミーティング当日は、ひととおりの質疑応答の後、参加者は提案に対する賛成/反対を挙手により表明し、会場の参加者により提案への賛同が得られたかの判断は発表が行われたセッションのチェアが行う。その後、メーリングリストでの最終確認期間を経て、大きな反対がなければその後のプロセスに従い、ポリシーとして施行される。
日本では「オープンポリシーフォーラム」と呼ばれるポリシーミーティング(JPNICオープンポリシーミーティング)とメーリングリスト(ip-users@nic.ad.jp)から成る独自のポリシーフォーラムが、RIRのポリシー策定と似通ったかたちで運営されているが、最終的にはアジア太平洋地域のアドレス管理を行っているAPNICのポリシーに従うことが求められる。国内のポリシーフォーラムの役割は、アジア太平洋地域のポリシーフォーラムに対して意見を表明、もしくはポリシー提案を行うにあたって、国内の意見をとりまとめることである。
なお、IPv6においては、IPv4と比較して、各RIR間である程度一貫性を保つために調整を行っていくことが試みられているが、基本的にはRIR地域単位でポリシーは独立したものとして扱われ、必ずしもすべての地域で同一のポリシーが適用されるわけではない。
最初の試み
本題に戻ると、『IPv6割り当てポリシーの見直し』提案は、はじめから現在の内容だったわけではない。2005年9月のAPNICミーティングで行われた当初の提案は「SOHO/個人ユーザに対しては/56の割り当てを行い、その他の用途であれば/48の割り当てを認める」としたものだった
(http://www.apnic.net/docs/policy/proposals/prop-031-v002.html)。

2005年9月の第20回APNICミーティングで、IPv6アドレスポリシーの変更を提案するGeoff Huston氏
確かに/48は、インターフェースに/64単位で割り当てを行ったとしてもIPv4の/16(65,536ホストアドレス)に該当するサイズであり、そこまでのサイズが必要ないという意見には同意できる。
しかし、その理由としてあげられていた「IPv6アドレスの寿命が120年(60年で最大半分の空間を消費すると算出)である」ことについては、一体それのどこが問題であるのか疑問であり、また、JPNICは、この提案によって影響を受けると考える国内事業者から話を聞いていたため、今の時点では賛成できないことを伝えた。そして、JPNICからこのような疑問が提示されたこと、そして提案の趣旨は支持する一部の参加者も、その施行内容が適切ではないとして、コンセンサスは得られなかった。
通常の提案であれば、ここで終わることが多い。しかし、今回の提案者であるGeoff Huston氏をはじめ、その他の支持者は、おそらくこの提案による影響の規模を認識していなかったと思われるものの、彼らは「特定の事業者の事情のためにインターネット全体にとって望ましい提案を通すことを阻害するべきではない」と考えていることと、そして『この提案の必要性』を強く感じていることが、ミーティングでのやりとりを通じて感じられた。
さらにARIN地域(北米、カリブ海周辺)を中心に、IPv4と同じく可変的な割り当てを推進しようという動きもある。現状では日本以外の地域で商用化を進めている事業者はほとんどいないため、本ポリシーの適用による影響はない。また、アドレスサイズの設定変更はRAで単純に行えるとの考えが主流であった。
したがって、このときのAPNICミーティングで支持は得られなかったものの、再度提案が行われるが予測されていた。そして、一部の地域のみで適用しても効果が充分に発揮されないことから、すべてのRIRミーティングにおいて、同様の提案が提出されていた。
理論武装への準備
上記のように「インターネット全体のために望ましい」との論調で提案が行われ、他の地域では好意的に受けとめられる場合、このまま単純に反対を続けても「日本の事業者は自分達のことしか考えずにインターネット全体にとってよいことを妨害している」との印象を与える可能性がある。
また、実際の影響範囲がたまたまJPNICへ状況を伝えてきた事業者だけに閉じられるものなのか、それとももっと広範囲にわたるものなのかも、その時点では明らかではなく、それによって提案へのスタンスが変わってくる。さらにはARIN地域で支持を受けている可変的な割り当てを進めた場合の影響も確認する必要があった。
このようなことから、2005年秋にJPNIC経由でIPv6の割り振りを受けている事業者約60社を対象にして、調査を行なうことを決めた。
国内への影響の調査
調査の結果、明らかになったことは以下の通りである。
- 割り当てサイズの変更を強いられる場合、1,000万円以上の対応コストが発生する事業者が数社存在する
- 事業者に割り当てサイズの判断が委ねられれば適用に伴う影響は軽減される
- 設問の回答からは施行方法として、複数の割り当てサイズから選択できる方式(例:/48、/56、/64等の8bit単位)であっても、可変的な割り当てをIPv6において導入しても、影響への差異は見受けられなかったが、備考で可変的な割り当てに対して、IPv6特有のメリットが失われる懸念が複数の事業者から表明された
この調査を通じて、割り当てポリシーの変更は数の面では予想通り、ほとんどの事業者に影響を及ぼすものではなかったが、個々の事業者単位での影響を見た場合、予想以上にインパクトが大きいことをJPNICは認識した。
もう少し話を聞いてみよう
同時に、なぜ提案者がそこまで強い意志をもち、全RIRコミュニティに対して提案を提出しているのか、という点も気になるところであった。これにかかる手間と労力を考えると「単純に理論上その方がよいと思いついたから」という範囲を越えている。
そして、2005年10月のARINミーティングに参加した際、昼食時に筆者はたまたまGeoff Huston氏と同じテーブルに着いたので「なぜ120年の寿命をさらに延長するために今ポリシーを見直す必要があるのか?」訊ねてみた。
まず明らかになったポイントとしては、IPv6アドレスの「寿命」という言葉が強い印象を与えているが、これは正確には寿命ではなく、現在の状況のままIPv6アドレスを使いつづけた場合をもとに算出された数値であり、彼が一番示したかったことは「IPv6アドレスは一般に思われているように必ずしも無限でない」ということらしかった。
無限ではないことを前提にして、IPv6アドレス資源を長期的に使いつづけることについて改めて考えた場合、「本当にこのまま/48の割り当てを継続するべきなのだろうか?」という疑問であると理解すればよいかもしれない。
そして、IPv6ネットワークの今後の発展の可能性として、ありとあらゆるものにICタグをつけ、それに対してアドレスを付与することも想定されている。その場合、私達の周りのあらゆるものにIPアドレスが必要となり、120年というあくまでも現在のインターネット閉じた用途を前提とした予測は「数桁の単位で外れる可能性だってある」というのがGeoff Huston氏の考えだ。
これについては、その場で話していたときはそれほど実感を伴わず「そういう考えもありえるだろう」程度の感想だった。しかし、後日、彼の考えるIPv6への移行モデルについての論文(※注1)を読んだときに、話がつながり、確かにその可能性も視野に入れる必要はあると実感した。
また、これは個人的な推測の域を越えないが、ここ数年でIPv4アドレスの枯渇の問題が間近に迫り、世界情報社会サミットにおいて「歴史的経緯」によるアドレス格差の問題が大きく取り上げられたことが、IPv6アドレスについても同様に考えることへとつながっていったと思う。
これらの前提のうえで、また、/48がIPv4における65,536ホスト(インターフェースへの割り当てが/64との前提)に相当するサイズであることを踏まえ、「ではこのまま、個人ユーザへの接続も含めてすべてのネットワークに対して一律/48での割り当てを継続するべきですか?」と問われた場合、胸を張ってYESとは言い難いものがある。
問題意識の共有
提案者の意図を個別に話して確認し、国内の状況を調査したうえで得たJPNICとしての結論は「提案の方向性は支持できるが、すでにサービスを提供している事業者に大きな影響を及ぼしてまで施行するべきではない」ということになった。将来の問題に備えることで、現在において新たな問題を作り出すことは本質的ではないからだ。
そして、問題意識を共有するために2005年12月のJPNICオープンポリシーミーティングで本ポリシーの検討状況を紹介し、国内の事業者を対象にした調査結果をJPNICオープンポリシーミーティングだけではなく、2006年2月のAPNICミーティングにおいても発表した
(http://www.apnic.net/meetings/21/docs/sigs/policy/policy-pres-okutani-v6-survey.ppt)。
再提案へ
それでは、国内の事情とも照らし合わせて、2006年9月に改定のうえAPNICミーティングで再度提出された提案内容を見てみよう。
まず一番の変更は、割り当てサイズの判断はLIR(ローカルインターネットレジストリ)に委ねるとして、割り当てサイズの記述がなくなっている点である。これは額面通り受け取れば、すでに商用サービスを提供している事業者は、それぞれ「引き続き/48の割り当てを継続する」と判断すればよいということになり、影響はないと解釈することもできる。
一方、割り当てサイズとして特定されていた/48が撤廃され、その他の選択肢も提示されていないということは、1bit単位での割り当ても可能となるということである。もしこれにより、LIRはネットワークへのアドレスの分配にあたって、IPv4と同じく1bit単位で適切な割り当てサイズを判断することが求められるとすれば、まさに調査で懸念が表明されていたIPv6特有のメリットが失われることになる。
もう1点としては、国内からの意見として紹介した「ポリシーが頻繁に変更されるとIPv6が不安定な技術であるとの印象を社内とマーケットに与える」ことを意識したのか、この提案が施行されればおそらく今後100年程度の期間にわたって提案が変更する必要はないとの一文が追記されていた。
なお、同様の提案は各RIRのミーティングで提出され、ARIN地域では早速2006年4月に施行が決定している。世界的にみても日本ほど商用サービスが発展している国はなく、かつ提案内容が新たにIPv6サービスを提供する事業者にとってはしごく真っ当な正論として受けとめらやすいことを考えると、支持されたことは自然な成り行きと言えるだろう。
国内コミュニティの判断
そして、2006年7月のJPNICオープンポリシーミーティングで、国内の意見を求めたところ、提案の趣旨は理解できるものの、既存の事業者への影響はないこと、現在よりも審議が厳しくならないことを前提とした条件付賛成であった。具体的には
- /48の割り当てはアドレスの効率的な利用以外の事情も考慮して今後も認められること
- RIR/NIRによる審議は、現状通り、/48を超えた割り当てに限定されること。すなわち、/48以内の割り当ては完全にLIRの裁量に委ねられること
の2点が譲れないポイントとして提示された。
割り当てサイズについては、複数の選択肢(例:/48、/56、/64等の8bit単位)から選択できる形式にするべきか、それとも選択肢を設けず全てLIRに委ねるべきかについては参加者の意見が分かれ、どちらの案に対してもほぼ同数の支持となった。また、もし全く選択肢を設けずにLIRの判断に委ねるのであれば、せめて、逆引きの単位にあわせて4bit区切りで割り当てを行うことを推奨する等、なんらかのガイドラインを設けたほうがよいのではないかとの意見も出た。
一方、日本国内においても、現実として多くの事業者はこれからIPv6商用サービスを開始する状況にあり、「個人ユーザへの割り当てに/48は大きすぎる」「割り当てサイズの選択肢が設けられたことでサービスの差別化が可能になる」「追加割り振り申請のタイミングを調整できる」等、前向きなコメントも表明されていたこともお伝えしておきたい。
結果を振り返って
最終的に通ったポリシーの内容は前回でご紹介した通りである。
仕組みとして一律/48の割り当てを行うわけではないことを明らかにすることにより、効率的な分配につながることを目指す一方で、割り当てサイズの判断をLIRに委ねることにより、国内から表明されていた既存の事業者への影響も配慮した内容となっている。これは、既存の事業者が希望した場合、/48の割り当てを継続できることを意味し、/48以内の割り当てにおいては審議が発生しないことが確認されているため、審議が現状よりも厳しくなることもない、ということが言える。
また、同時に、一律同じサイズを同一ネットワークでは割り当てるニーズがあれば、それについてもLIRの判断に委ねられているため、実現が可能である。会場で提案者と立ち話をしたときも「ポリシーを通してから後で解釈を変えて締め付けらることを懸念しているのかもしれないけれど、そんなこと考えていないから大丈夫」ということだったので、額面通り受け止めてよいだろう。
ガイドラインの策定については、割り当てサイズは、そのリスクも含めてLIRが好きなように判断すればよいとのコメントが提案者からあり、明確なアクションアイテムとしては決定していない。もしそのようなものが必要であれば、まず国内でドラフトをし、アジア太平洋地域全体としても共有できるようにもっていくのがてっとり早いと思われる。

2006年9月の第22回APNICミーティングにおける、日本国内の意見についての発表の様子
今回の結果をまとめると、割り当てサイズが/48よりも小さな割り当ても可能であることが明らかになったという意味では、LIRの割り当てサイズの選択に幅が広がったことで、オペレーションに影響はある。しかし、現状通りの運用を希望する事業者は、その継続も可能であるという観点からは、大きな影響を及ぼさないと言うことができる。
そして、効率的な分配をより積極的に進めたい立場であれば「もっと割り当てサイズに言及するべき」といった意見や、「あまりにも柔軟になりすぎるのもやりにくにいので単純に選択肢式のほうがやりやすかった」、または「そもそもやっぱりなぜ今になってからこの提案が施行されなければいけないのかがわからない」等、議論の余地があることも事実であり、今回のポリシー変更は提案者と既存の事業者の双方による妥協の産物であるという見方もできるかもしれない。
ただ、立場の違う人々が、相手の事情も考慮しながら、お互い合意できることを模索した結果、これが現時点でのベストであったと私自身は感じている。
次回の号ではIPv6において、LIRを経由せず、直接エンドサイトが割り当てを受けることのできる「PIアドレス」が新設されるまでについてご紹介する予定である。
【割り当てポリシーの見直し提案に関する動向】
| 2005年 5月 | IPv6アドレスの消費に関する調査結果を発表(Geoff Huston) http://www.ripe.net/ripe/meetings/ripe-50/presentations/ripe50-plenary-wed-ipv6-roundtable-report.pdf |
| 2005年 9月 | 第20回APNICオープンポリシーミーティングでの提案(Geoff Huston、Stephan Millet) http://www.apnic.net/docs/policy/proposals/prop-031-v002.html |
| 2005年 秋 | 国内の調査実施 |
| 2005年12月 | 第9回JPNICオープンポリシーミーティングでの状況共有、意見収集 http://venus.gr.jp/opf-jp/opm9/opm9-program.html |
| 2006年 2月 | 第21回APNICオープンポリシーミーティングでの国内調査結果発表 http://www.apnic.net/meetings/21/docs/sigs/policy/policy-pres-okutani-v6-survey.ppt |
| 2006年 7月 | 第10回JPNICオープンポリシーミーティングでの、改定提案に対する意見収集 http://venus.gr.jp/opf-jp/opm10/opm10-program.html |
| 2006年 9月 | 第22回APNICオープンポリシーミーティングでの提案:改定版(Geoff Huston、Randy Bush) http://www.apnic.net/docs/policy/proposals/prop-033-v001.html |
※1 "IPv6 - Extinction,Evolution or Revolution?"
http://www.potaroo.net/ispcol/2006-01/ipv6revolution.html
※2 APNICのポリシープロセス "APNIC policy development"
http://www.apnic.net/docs/policy/dev/index.html






